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横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)2008号 判決

原告

西山英光こと趙晩済

右訴訟代理人弁護士

山本安志

若林正弘

被告

東急車輛製造株式会社

右代表者代表取締役

高橋厳

右訴訟代理人弁護士

瀬沼忠夫

浅沢直人

右訴訟復代理人弁護士

山口裕三郎

主文

一  被告は、原告に対し、金一三九三万六七七四円及び内金二五〇万一八二九円に対する昭和五四年七月一四日以降、内金一一四三万四九四五円に対する昭和五六年九月三〇日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

五  ただし、被告が金四〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金三一五三万二〇六九円及び内金三〇〇三万二〇六九円に対する昭和四八年一二月二〇日以降、内金一五〇万円に対する昭和五二年二月一三日以降、右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  保証を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故

原告は、昭和四八年一二月二〇日午前八時三〇分ころ、被告横浜車輛工場車輛検査場において、被告製造のソビエト連邦サハリン向け輸出用客車(以下「サハリン車」という。)の屋根に登り、通風器の修理、点険作業に従事中、通電していた架線に触れ、その衝撃によって屋根上から四・五メートル下の地上に落下し、左開放性下腿骨骨折、右大腿打撲電撃傷の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。

2  責任

(一) 債務不履行(主位的請求の原因)

(1) 原告は、被告の下請として前記サハリン車の内装、木座取付工事等を営んでいた訴外有限会社西山製作所(以下「訴外会社」という。)の従業員であるが、本件事故当時、内装工事の仕事を覚えるため、いわゆる常用労働者として、被告と直接の雇用契約を締結し稼働していた。仮に、直接の雇用契約関係がないとしても、原告は、元請である被告の指揮、監督のもとに、前記通風器の修理、点検作業に従事していたものであるから、被告は原告に対し、雇用主が負う契約上の義務と同一の義務を負う。更に、被告は訴外会社との間で、昭和四八年八月二六日、安全衛生に関し、訴外会社及び訴外会社の従業員が被告の統括管理下に入り、被告がその従業員に対し安全措置の第一次的責任を負う旨を約したので、被告は原告に対し、原告の就業に関し、安全措置をとるべき契約上の責任がある。

(2) したがって、被告は原告に対し、安全保護義務を負うところ、本件事故現場は、車輛検査場(ピット線検査場)であるから、同所では検査以外の作業を行わせてはならないのに、原告に対し、前記の作業を命じたこと、同所は一五〇〇ボルトと二万五〇〇〇ボルトの高圧活線が架線されていたから、感電の危険があり、同所内で作業させる場合には絶縁用具、絶縁用保護具を装着させなければならないのに、装着させていなかったこと、停電させて作業を行わせる場合には、停電の確認と監視人を置くなどしなければならないのに、かかる措置がとられていなかったこと、以上の点において具体的な安全保護義務に違反しているので、被告は原告に対し、債務不履行の責任を免れない。

(二) 不法行為(予備的請求の原因)

被告の従業員で前記サハリン車の内装工事等に関し指揮、監督する業務に従事していた訴外佐々木貞良(以下「訴外佐々木」という。)は、前記(一)(2)記載の義務に違反して、原告に対し、高圧電流が通電中の検査場で車輛の屋根の上に登る作業を命じた過失によって本件事故を発生させたものであるから、被告は、使用者として、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 原告の入、通院状況、後遺症

(1) 金沢病院

昭和四八年一二月二〇日から昭和四九年三月八日まで七八日間入院し、その後、同年九月二七日まで通院(実日数五日)した。

(2) 総合新川橋病院

昭和四九年三月一九日から同年一二月一日まで通院(実日数二〇〇日)したのち、同月二日から昭和五〇年三月五日まで九三日間入院し、その後、同月六日から同月一八日まで通院(実日数四日)した。

(3) 関東労災病院

昭和五〇年三月一一日から同月三〇日まで通院(実日数三日)したのち、同月三一日から同年一〇月一五日まで二三〇日間入院し、その後、月一回の割合で通院(実日数五三日)した。

(4) マッサージ、鍼、灸

昭和四九年三月から同年一二月までは毎月一五回、昭和五〇年三月から同年一二月までは毎週一回の割合で、また、昭和五一年一月から同年七月まで深谷治療院で(実日数七四日)、昭和五二年一月二八日から同年四月三〇日まで全生館療院で、昭和五四年九月から同年一一月まで小川治療院で(実日数一二日)、昭和五六年一月に西井鍼灸マッサージで(実日数三日)、同月から同年三月まで東京ローリング健康センターで(実日数一八日)、それぞれマッサージ、鍼、灸の治療を受けた。

(5) その他、昭和四九年三月から昭和五三年三月まで有馬療養温泉で温泉治療を、昭和五二年一一月から昭和五四年四月まで明法道場でパワー療法(実日数一一九日)を受け、昭和五二年一一月より昭和五六年四月まで漢方薬を継続的に服用した。

(6) 以上の入、通院等の治療を受けたが、原告は、本件事故による電撃症、頭頸部外傷症候群、脊椎管内障、左下腿骨折の傷害により、両眼の眼球に著しい調整機能障害(後遺障害等級第一一級第一〇号該当)、脊椎の運動障害(同第八級第二〇号該当)、神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度制限される(同第九級第七号の二該当)等の後遺症が残り、昭和五五年二月二三日、症状が固定し、その程度は右各後遺障害のうち重い等級を一級繰り上げて(労働者災害補償保険法施行規則第一四条)、第七級該当となる。

(二) 療養費

(1) 入院雑費

原告は、前記のとおり、合計四〇一日間入院して治療を受けたが、その間、一日につき金五〇〇円の入院雑費を要したので、その額は金二〇万五〇〇円となる。

(2) 通院交通費

(ア) 金沢病院への通院費(五日)

通院一日につきバス代金として金七〇〇円を要したので、その額は金三五〇〇円となる。

(イ) 総合新川橋病院への通院費(二〇四日)

通院一日につきバス代金として金五六〇円を要したので、その額は金一一万四二四〇円となる。

(ウ) 関東労災病院への通院費(五六日)

通院一日につき交通費として金一八〇円を要したので、その額は金一万〇八〇円となる。

(3) 治療費

(ア) 装具代 金二万四一〇〇円

(イ) マッサージ代 金一二万六〇〇〇円

(三) 休業損害

(1) 原告は本件事故当時、日額金二七〇〇円の賃金を得ていたが、昭和四八年一二月二〇日から昭和五五年二月二三日までの間、受傷のため就労できず、収入を得られなかった。なお、原告の賃金は、本件事故後の諸物価の高騰を考慮すると、少なくとも労災保険金のスライド率程度は増額されたとみるべきであるから、昭和五〇年四月からは金三三二一円、昭和五二年四月からは金四四〇一円、昭和五四年四月からは金五一三〇円となる。

(2) これによる休業損害額は、次のとおり、合計金八五八万三〇三〇円となる。

(ア) 昭和四八年一二月二〇日から昭和五〇年三月三〇日まで(四六六日)。

二、七〇〇×四六六=一、二五八、二〇〇

(イ)  昭和五〇年四月一日から昭和五二年三月三一日まで(七三〇日)。

三、三二一×七三〇=二、四二四、三三〇

(ウ) 昭和五二年四月一日から昭和五四年三月三一日まで(七三〇日)。

四、四〇一×七三〇=三、二一二、七三〇

(エ) 昭和五四年四月一日から昭和五五年二月二三日まで(三二九日)。

五、一三〇×三二九=一、六八七、七七〇

(四) 逸失利益

原告は、前記後遺症の固定した昭和五五年二月二三日当時、満二四歳の男子で、六七歳まで四三年間は就労可能であるところ、右後遺症により少なくとも労働能力が五六パーセント喪失したとみるべきであり、原告の当時の収入が前記のとおり金五一三〇円であるから、ライプニッツ式計算により中間利息を控除した逸失利益の現価を算定すれば、次のとおり、金一八三九万八二四四円となる。

五一三〇×三六五×〇・五六×一七・五四六=一八、三九八、二四四

(五) 慰藉料

原告は、本件事故による受傷のため、前記のとおり、長期間の入、通院治療を受けたが、重大な後遺症を残しているので、その受けた精神的、肉体的苦痛は甚大であり、これに対する慰藉料は金一一三六万円(入、通院につき金三〇〇万円、後遺症につき金八三六万円)が相当である。

(六) 弁護士費用

被告に負担させるべき弁護士費用は金一五〇万円が相当である。

(七) 損害の填補

原告は、労災保険金として、次のとおり、合計金八七二万七六二五円を受領した。

(1) 休業補償給付金 金二一四万四〇八八円

(2) 休業特別支給金 金七一万四六九六円

(3) 傷病補償年金 金三二四万九〇六三円

(4) 傷病特別年金 金六二万三九〇一円

(5) 障害補償年金 金六七万二〇三〇円

(6) 障害特別年金 金一一万三七四七円

(7) 障害特別支給金 金一〇六万円

(8) 療養補償給付金 金一五万一〇〇円

4 よって、原告は被告に対し、主位的に債務不履行に基づき、予備的に不法行為に基づき、前記3(二)ないし(六)の合計額から(七)の額を差引いた損害金残金三一五三万二〇六九円及び弁護士費用を除いた内金三〇〇三万二〇六九円に対する本件事故の日である昭和四八年一二月二〇日以降、弁護士費用である内金一五〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年二月一三日以降、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求の原因に対する答弁

1 請求の原因1項のうち、原告が主張の日に負傷したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2 同2項(一)のうち、訴外会社が被告の下請としてサハリン車の内装工事を請負っていたこと、原告が訴外会社の従業員であったこと、被告の車輛検査場に一五〇〇ボルトと二万五〇〇〇ボルトの高圧活線が架線されていたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実を否認する。被告と原告との間に雇用契約関係は全くなく、また、職務上、被告が原告を指揮、監督する関係にもない。したがって、被告は原告に対し、使用者的立場にはなく、安全保護義務を負うことはない。

3 同2項(二)のうち、訴外佐々木が被告の従業員であることは認めるが、その余の事実を否認する。同訴外人が原告に対し車輛の屋根に登って作業をするよう命じたことはない。

4 同3項のうち、原告が入院して治療を受けたこと及び同(七)の事実は認めるが、原告主張の損害額を争う。なお、原告に対し、労災保険金として、死亡するまで毎年金七八万五七七七円の障害補償年金が支給されることになっており、六八歳まで四四年間の支給額の合計は金三四五七万四一八八円となるので、既に支払われた労災保険金のほか将来支払われる右金員も控除されるべきである。

三 抗弁(過失相殺)

本件事故現場の車輛検査場には、常時一五〇〇ボルトの高圧電流が通電していたが、通電中の表示がなされており、同所で稼働する者は誰れでも通電中であることを知り又は知りうるところであったから、車輛の屋根に登って作業することは極めて危険であり、厳に避けなければならないのに、原告において、あえて車輛の屋根に登り、しかも、勾配のきつい客車の屋根上で命綱もつけずに作業したのであるから、本件事故発生につき原告にも過失があり、仮に被告に賠償責任があるとすれば、大巾な過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する答弁

検査場で、常時高圧電流が流れていること及び車上作業が禁止されていることは知らない。また、本件事故以前には車上作業では命綱をつけていなかった。したがって、原告に過失があったとの主張を争う。

理由

一  事故と責任

1  請求原因1、2項のうち、原告が主張の日に負傷したこと、訴外会社が被告の下請としてサハリン車の内装工事を請負っていたこと、原告が訴外会社の従業員であったこと、被告の車輛検査場に一五〇〇ボルトと二万五〇〇〇ボルトの高圧電流の通電する架線があること、訴外佐々木が被告の従業員であること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  (証拠略)を総合すれば、訴外会社は、昭和四六年九月ころから、被告横浜車輛工場で被告の製造にかかるサハリン車の車内の通風器取付、天井木座取付等の内装工事を請負っていたもので、原告は、昭和四八年七、八月ころから、主としてサハリン車内の内装、電装工事の業務に携わっていたこと、サハリン車内装工事のうち、訴外会社担当部分に手直しを要する箇所のあることが判明したため、同年一二月二〇日午前八時過ぎころ、被告の同工場内におけるサハリン車内装工事の現場主任である訴外佐々木は、同工場内訴外会社事務所で、同所に居合わせた原告に対し、同工場車輛検査場に検査のため入線中のサハリン車のうち六六号車、六八号車の各天井通風口シャッターのせり及び回転しない部分の修理、点検を依頼したこと、原告は、直ちに車輛検査場に赴き、指定された車輛の屋根に上がり、屋根上から車輛の天井に設置されている通風器のせりを直すため、通風器を覆っているカバーをはずしてこれを横に置き、中腰になったとき、車輛の屋根の上から約一メートル上部に張られ、一五〇〇ボルトの電圧で通電していた架線に身体が触れ、感電のショックで屋根から約四メートル下の地上に落下し、更に一メートル下の溝に落ち、請求原因1項記載の傷害を負ったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  債務不履行責任について

(一)  前記1、2の事実によれば、原告は下請業者の従業員として元請である被告の現場主任の指示に従って業務に就いたものであり、原告の右業務が、架線に一五〇〇ボルトの高圧電流が通電している検査場内における車輛の天井に設置された通風器の修理、点検作業であったのであるから、被告としては、高圧電流の通じている検査場内での作業に関する安全教育を徹底し、少なくとも、架線に通電中の場合には車輛の屋根上での作業をすることのないよう指導すると共にこれを監視するなどして、労災事故の発生を防止するための万全の措置をとるべき義務があったものというべきところ、かかる点についての配慮を欠き、漫然と通風器の手直し作業を命じたのみであったため、原告が車輛の屋根に上がって作業に就き、本件事故を招くに至ったものと認められる。しかして、被告は、原告との間に直接の雇用契約関係はなくとも(原告本人(第一回)は、本件事故当時、被告との間に直接の雇用契約が存在していたと供述するが、右はたやすく措信できず、他に雇用契約の存在を認めるに足りる証拠はない。)、原告を被告が設置し提供した設備及び作業環境のもとで被告の指示によって稼働させていた以上、右設備等から生ずる労働災害を防止し、安全に就労させるべき安全保護義務を負担しているものというべきところ、右のとおり、その義務を怠ったものと認められるから、被告に安全保護義務違反の債務不履行の存したことが明らかである。

(二)  証人佐々木貞良(第一、二回)、同篠原邦雄は、通風器手直し作業は屋根に上がる必要はなく車内から調整可能であり、通風器の上の屋根上にはカバーが設置されていたから、訴外佐々木において原告に対し屋根に上がっての作業を指示するはずがないと供述し、原告に命ぜられた通風器の手直し作業を屋根上からしなければならなかったと認めるに足りる証拠はないが(原告本人は訴外佐々木から屋根に上がって作業するよう指示を受けたと供述するが、右はにわかに措信しがたい。)、少なくとも本件事故時に、被告において、原告に対し車輛の屋根上における作業を禁じたと認めるに足りる証拠もなく(証人佐々木貞良(第一回)は、「車上にあがるなとは言いません。屋根にあがるなという指示はしていません。」と証言している。)、原告は自らの判断に基づき車輛の屋根上から通風器の手直し作業をする必要があるものと考えて屋根に上がったものと推認されるので、原告に対し、通電中の危険な屋根上での作業をさせないための指導と監視を怠り、結果的に同所での作業に就かせるに至った点において、被告に安全保護義務違反があったものというべきである。

4  以上によれば、責任原因についての原告のその余の主張につき検討するまでもなく、被告は、債務不履行に基づき、原告に対し、損害を賠償する責任がある。

二  損害

1  療養費

(一)  入院雑費

(証拠略)によれば、原告は、本件事故による受傷のため、金沢病院に七九日(原告の請求は七八日)、総合新川橋病院に九四日(原告の請求は九三日)、関東労災病院に一九九日(原告の請求は二三〇日)、合計三七二日(このうち、原告の請求との関係で認容できるのは三七〇日)入院したことが認められ、右入院期間中、一日につき金五〇〇円程度の入院雑費を要したものと認めるのが相当であるから、その額は金一八万五〇〇〇円となる。

(二)  原告は、通院交通費として合計金一二万七八二〇円を請求し、後記認定のとおり各病院に通院した事実は認められるものの、原告主張にかかる通院費用を要したとの点につきこれを認めるに足りる証拠はないので、通院交通費は認容しがたい。また、装具代についてはいかなる装具で治療とどのように関連するのか、マッサージ代についてはいつからいつまでのどこでのマッサージ代金かについていずれも主張も立証もない(〈証拠略〉をもってしてもこれを認めるに足りない。また、右主張のマッサージ代と〈証拠略〉の各領収書といかなる関係があるのか明らかでない。)ので、認容しがたい。

2  休業損害

(一)  原告が本件事故による受傷のため合計三七二日間入院したことは前記1(一)認定のとおりであり、(証拠略)によれば、原告は、本件事故による受傷のため、金沢病院へ昭和四九年三月八日の退院後同年九月二七日まで通院(実日数五日)し、総合新川橋病院へ同年三月一九日から同年一二月二日に入院するまで通院したのち、昭和五〇年三月五日の退院後同月一八日まで通院(実日数四日)し、関東労災病院に転医して同年一〇月一五日の退院後長期間に亘って通院したこと、同病院では、電撃症、頭頸部外傷症候群、脊椎管内障、左下腿骨折との傷病名で治療を受けていたが、右上肢頸神経根障害、視力低下、耳鳴、前庭機能障害、腰部挫傷による両下肢の運動障害等の後遺症状が残り、右は、脊椎に運動障害を残すもの(障害等級表第八級の二)、神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの(同第九級の七の二)、両眼の眼球に著しい調節機能障害又は運動障害を残すもの(同第一一級の一)にそれぞれ該当し、昭和五五年二月二三日、その症状が固定したものと認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  (証拠略)によれば、原告は本件事故当時、日額金二七〇〇円の収入を得ていたが、本件事故時から前記症状固定時までの間、全く稼働できず、その間、収入を得られなかったこと、原告は、労災保険による傷病補償年金、障害補償年金等の支給を受けるようになったが、給付基礎日額がスライドされ、昭和五〇年四月一日から金三三二〇円(スライド率一・二二九パーセント増)、昭和五二年四月一日から金四四〇一円(同一・六三パーセント増)、昭和五四年四月一日から金五一三〇円(同一・九パーセント増)となったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  右各事実によれば、原告の休業期間中の休業損害額は次のとおり(原告の収入は右(二)の労災保険金のスライド率程度は増額されたものとみるべきである。)、合計金八五八万五六二〇円となる。

(1) 昭和四八年一二月二一日から昭和五〇年三月三一日まで(四六六日)。

二七〇〇×四六六=一、二五八、二〇〇

(2) 昭和五〇年四月一日から昭和五二年三月三一日まで(七三一日)。

三三二〇×七三一=二、四二六、九二〇

(3) 昭和五二年四月一日から昭和五四年三月三一日まで(七三〇日)。

四四〇一×七三〇=三、二一二、七三〇

(4) 昭和五四年四月一日から昭和五五年二月二三日まで(三二九日)。

五一三〇×三二九=一、六八七、七七〇

3  逸失利益

前掲各証拠によれば、原告は、昭和三一年一月二九日生れの男子であることが認められるので、後遺症の症状固定時である昭和五五年二月には満二四歳であったところ、前記認定のとおり、原告には脊椎の運動障害等の後遺症が残っているので、右後遺症の程度、内容、原告の年令、職種等を考慮すれば、少なくとも労働能力が四〇パーセント程度は喪失し、その状態は稼働可能な六七歳まで四三年間継続するものと認めるのが相当である。そして、右症状固定当時の原告の収入を日額金五一三〇円とみるべきことは前記のとおりであるから、以上により、ライプニッツ式計算(係数は一七・五四六)により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すれば、次のとおり、金一三一四万一六〇三円(円未満四捨五入。以下同じ。)となる。

五、一三〇×三六五×〇・四×一七・五四六=一三、一四一、六〇三

4  慰藉料

前記傷害、後遺症の程度、内容、入、通院期間、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、金六〇〇万円が相当である。

5  過失相殺

被告横浜車輛工場の車輛検査場入口の写真であることが当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により被告の従業員訴外織田が昭和五二年五月九日に撮影したものと認められる(証拠略)によれば、車輛検査場の架線に高圧電流が通電している場合には、検査場入口にその旨赤字で「入」の表示がなされ、検査場へ立入る者は容易にこれに気付くこと、本件事故当時も一五〇〇ボルトの電流が通電していて、その旨の表示がなされ、原告もこれを知りえたものであること、以上の事実が認められる。ところで、原告は通風器の手直し作業のため検査場へ入線中の車輛の屋根に上ったものであるが、前記のとおり、架線には高圧電流が流れていたのであるから、かような場合、車輛の屋根に上がって作業してはならず、止むをえず屋根に上がる必要がある場合には、電流の停まっていることを確認するか或いは絶縁用保護具を装着するなどして感電の危険のない状態のもとで行動すべきであったところ、原告において、かかる点につき特段の注意を払うことなく車輛の屋根に上ったものと認められるから、原告にも過失のあったことは明らかである。なお、原告は、訴外佐々木から架線への電流は切れているから大丈夫だと言われた旨供述する(第一、二回)が、右は佐々木貞良の証言(第一、二回)と対比してたやすく措信しがたい。

以上の事実及び前記一2、3認定の各事実を総合して考慮すれば、原告の過失を一割とみて損害額の算定につき斟酌するのが相当と認める。

6  損害の填補

(一)  請求原因3(七)の事実は当事者間に争いがないので、労災保険金として支払われた合計金八五七万七五二五円(なお、〈証拠略〉によれば、(七)(8)については本件認定にかかる損害額以外のものに対して支払われたものであることが明らかであるから、これを除く。)は、原告の損害額から差引かれるべきである。

(二)  また、(証拠略)によれば、原告は、昭和五五年三月以降毎月金一〇万七一一三円の傷病補償年金を、同年以降毎年八月に金七八万五七七七円の障害補償年金をそれぞれ受領していることが認められるので、本件口頭弁論終結時である昭和五六年九月二九日までの一九か月分の傷病補償年金合計金二〇三万五一四七円及び二年分の障害補償年金合計金一五七万一五五四円総合計金三六〇万六七〇一円も原告の損害額から差引かれるべきである。

(三)  なお、被告は、原告が六八歳まで四四年間の年金総受領額を差引くべきであると主張するが、右主張の失当であることは明らかである(最高裁昭和五二年一〇月二五日判決、民集三巻六号八三六頁参照。また、本件には労働者災害補償保険法第六七条は適用されない(昭和五五年法律第一〇四号労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律附則第二条第一一項参照。)。)。

7  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係にある損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用は、金一〇〇万円が相当である。

三  以上の次第であるから、被告は原告に対し、二1ないし4の合計額(金二七九一万二二二三円)の九割に当る金二五一二万一〇〇〇円から6の填補額(金一二一八万四二二六円)を差引いた額に7(金一〇〇万円)を加えた差引合計金一三九三万六七七四円及び内金二五〇万一八二九円に対する昭和五四年六月八日付準備書面が被告訴訟代理人に交付された日の翌日であることが記録上明らかな同年七月一四日以降、内金一一四三万四九四五円に対する「請求の拡張の申立」と題する書面が被告訴訟代理人に交付された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年九月三〇日以降、右各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務のあることが明らかである(原告は本件事故日以降或いは訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めるが、本件は債務不履行を理由に損害賠償を求める主位的請求を正当として認容すべきものであることは前記認定のとおりであり、このような場合、債務者は民法第四一二条第三項により催告によって遅滞の責めに任ずるものと解されるところ、原告が被告に対し、債務不履行を理由に請求(催告)をなしたのは前記昭和五四年六月八日付書面の交付が最初であり(請求額は訴状記載の金二五〇万一八二九円である。)、そして、その後請求が拡張されたものであることが記録上明らかであるから、被告は前記各書面の交付による催告によって遅滞の責めに任ずることになる。)から、右の限度で原告の本訴請求を正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条の規定を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法第一九六条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井哲夫 裁判官 吉崎直弥 裁判官 嘉村孝)

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